スポーツの世界でなぜパワハラがなくならないのか
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過去から続く「指導者の権威」の残像
広陵高校野球部での体罰問題や、Jリーグの監督によるパワハラ行為が報道されるたび、社会全体が「まだこんなことが続いているのか」と驚きます。
しかし、私自身が子供のころを振り返ると、指導者からの暴力や罵声は決して珍しいものではありませんでした。当時は「愛の鞭」と呼ばれ、選手や保護者もそれを受け入れてしまう雰囲気があったのです。
この古い価値観がスポーツ界に根強く残り、指導者が選手を「鍛えるためには多少の暴力も許される」と誤解している点が、いまだにパワハラがなくならない大きな要因と言えるでしょう。
結果至上主義がもたらすゆがみ
現代のスポーツでは、結果がすべてとされる風潮が強まっています。全国大会への出場やプロ契約の実績は、指導者にとって評価や地位の証明になります。そのため、一部の指導者は「勝利のためなら手段を選ばない」という思考に陥りがちです。
選手に寄り添うよりも、自らのキャリアや名声を優先し、精神的にも肉体的にも過剰な要求を繰り返してしまうのです。
パワハラ問題が明るみに出るたびに、「これは一部の例外だ」と片付けられますが、構造的には結果至上主義が温床になっている点を見逃すことはできません。
未来のスポーツの在り方を考える
私自身、現在は子供たちのチームで指導に携わっていますが、そこでは決してパワハラ的な関わりは存在しません。
むしろ、子供たちが自主性を持ち、楽しく成長できる環境づくりに力を注いでいます。スポーツは本来、身体を鍛え、仲間と協力し、達成感を味わう素晴らしい活動です。
指導者の結果至上主義がその本質を歪めてしまっては、未来のアスリートを育てるどころか、人間としての成長の機会を奪ってしまいます。今こそ、指導者の意識改革が不可欠です。勝利は重要ですが、それ以上に大切なのは選手一人ひとりの健全な成長であることを、スポーツ界全体で共有していく必要があります。
【編集後記】
今日は久しぶりのまとまった雨☔です。気温も上がらずほっとする日です。