黄金色に染まる安曇野の田んぼで見つめる、収穫の喜びと「お米の適正価格」への葛藤

見渡す限りの黄金色。北アルプスの雄大な山並みを背に、今年も我が家の安曇野産コシヒカリが頭を垂れ、いよいよ収穫の時期を迎えようとしています。

春の育苗から始まり、田植え、日々の水管理、草刈り、そして台風や猛暑との闘い。自然相手の仕事ゆえに、毎年この景色を拝めるまでは気が気ではありません。風に揺れる黄金の波を見つめながら、一人の米農家として、まずは「今年も無事にここまで育ってくれた」という安堵と、大自然の恵みへの感謝の気持ちが胸いっぱいに広がっています。

しかし、刈り取りを目前にした私の頭の片隅には、収穫の喜びとはまた別の、ある切実な葛藤が常に渦巻いています。それが「お米の価格」をめぐる問題です。

実りの秋を迎えて――安曇野の大自然と育ったコシヒカリ

今年も天候に一喜一憂する日々が続きましたが、田んぼ一面に実った稲穂はどれも粒が揃い、しっかりと実を詰めてくれました。

手塩にかけて育ててきたお米が、間もなく「新米」として誰かの食卓に並び、「美味しいね」と笑顔を生み出す。その姿を想像するだけで、これまでの苦労が報われるような気がします。

農家としての本音――下落の恐怖と高騰への懸念

しかし、作業の手を止めて現実を見つめ直したとき、どうしても避けて通れないのが米価格の動向です。私自身、米農家として生計を立てている身だからこそ、この問題には毎年胃が痛むような思いを抱えています。

昨今、肥料や農薬、トラクターを動かす燃料代、さらには出荷用の資材や電気代に至るまで、あらゆる生産コストが高騰し続けています。もしここで米の相場が大きく下落してしまえば、再生産に必要なコストすら回収できず、私たち農家は文字通り立ち行かなくなってしまいます。

「来年も米作りを続けられるだろうか」という不安は、決して大げさな話ではなく、全国の多くの生産者が抱えているリアルな危機感です。

一方で、お米の価格が上がりすぎれば良いのかといえば、決してそう単純な話ではありません。

私たち農家にとっても、お米は日々の主食です。米価が高騰しすぎてしまえば、今度は家計を預かる消費者の方々にとって大きな負担になってしまいます。スーパーの棚を見て「お米が高くて気軽に買えない」とためらわれ、結果としてパンや麺類へ流れて深刻な「米離れ」が進んでしまっては、長期的に見て日本の農業そのものが衰退してしまいます。

「安すぎれば生産者が倒れ、高すぎれば消費者の食卓に届かない」――この板挟みのジレンマこそが、現場に立つ農家が日々抱えている一番の悩みです。

「作る側」と「食べる側」をつなぐ、適正な価格を目指して

農業を続けていく中で痛感するのは、生産者と消費者は決して対立する関係ではなく、同じ「日本の食」を支え合うパートナーであるべきだということです。

農家がこれからも安心して美味しいお米を作り続けられるだけの対価をいただき、一方で消費者の皆様にも日々の食卓で無理なく美味しいご飯を楽しんでいただく。その両者が納得できる「適正な価格(落としどころ)」を見極めることは、本当に難しく、一筋縄ではいきません。

だからこそ私は、ただ価格の上下に一喜一憂するだけでなく、「どんな環境で、どれだけの想いと手間をかけてこの一粒が育ったのか」を、発信を通じて一人でも多くの方に伝えていきたいと考えています。背景にある物語や生産の現場を知っていただくことが、価格以上の納得感や価値につながると信じているからです。

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