震災から15年
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あの日、国税局の25階で感じた揺れ
震災当日、私は関東信越国税局(さいたま新都心合同庁舎)の高層階、たしか25階あたりにいました。正直なところ階数の記憶は少し曖昧ですが、とにかくかなり高い場所だったことだけははっきり覚えています。
突然、経験したことのない大きな揺れが始まりました。最初は「地震だな」という程度の感覚でしたが、次第に揺れはどんどん激しくなっていきました。高層階ということもあり、建物全体が大きくしなるように揺れていたのを覚えています。
「この建物、もしかして倒れるんじゃないか」
そんなことが頭をよぎるほどの揺れでした。もし本当に倒れたら、まず助からないだろうな…と、妙に冷静に考えていた記憶があります。
幸い、その建物は免震設計だったようで、大きく揺れはしたものの倒壊することはありませんでした。ただし、激しい揺れの影響でエレベーターはすべて停止。建物内は騒然とした雰囲気でした。
帰宅難民になりかけたあの日
揺れがおさまった後も、交通機関は完全に麻痺していました。当時ニュースでも大きく取り上げられていましたが、いわゆる「帰宅難民」が大量に発生した日でした。
電車は当然動かず、道路も大渋滞。徒歩で帰宅する人たちが街にあふれていました。
そんな状況の中、職場の近くに住んでいた先輩が「車を出すよ」と声をかけてくれました。私を含め数人を、自家用車で埼玉県新座市にある官舎まで送ってくれたのです。
通常ならそれほど時間のかからない距離ですが、その日はとにかく道路が混んでいました。普段の何倍もの時間をかけて、ようやく官舎へたどり着いたことを覚えています。
あのときの先輩の気遣いには、本当に感謝しています。災害時は人の助け合いがいかに大切かを実感した出来事でした。
震災から15年、そして今
幸いなことに、私自身も家族も直接的な被害を受けることはありませんでした。ただ、当時は単身赴任中で、日々の生活にはそれなりに影響がありました。
特に困ったのは食事です。普段はほぼ外食だったのですが、震災後は多くの店が営業できない状況になり、しばらくの間は食事に苦労しました。日常がどれだけ多くのインフラや人の仕事によって支えられているのかを実感した出来事でもありました。
あれから15年。
その間にも、熊本地震や石川の地震など、日本列島では大きな災害が続いています。
日本に住んでいる以上、地震と無縁でいることはできません。だからこそ、今日という日をきっかけに、防災や減災について改めて考えることが大切なのだと思います。
とはいえ、現実はなかなか忙しいものです。
まずは、目の前に残っている確定申告書を一つひとつ終わらせることが優先ですが…。
【編集後記】
逃げちゃダメ