年2回の定期健診に行ってきたという話
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年2回の「変わらない安心」
今日は、年に2回の大学病院での定期健診の日でした。
もともと持病があるため通っているのですが、今回も結果は「良くも悪くもなく現状維持」。採血、エコー、そして診察まで一通り終えたものの、医師との会話は「お変わりないですか?」「検査結果も問題なさそうですね。それでは次回の日程を決めましょうか」と、わずか数分で終了。
人によっては「これが診察なのか」と思うかもしれません。ただ、私にとってはこの“何も起きない時間”こそが、何よりの安心材料です。
長い待ち時間と短い診察時間、そのギャップすらも「問題がない証拠」と感じられるようになりました。
半世紀近く通うということ
思い返せば、幼少期から体が強い方ではなく、大学病院に通う生活は大げさではなく半世紀近く続いています。
子どもの頃は「なぜ自分だけ」と思ったこともありましたが、今となってはこの習慣があるからこそ、今の健康状態が保たれているのだと感じています。とある人に言わせると「病い上手の死に下手」というらしいです(^^♪
医療の進歩や制度、そして日々診てくれる医療従事者の存在に支えられているという実感もあります。同時に、限りある社会保障の中で医療サービスを受けているという意識も自然と芽生えました。
自分の体を守ることはもちろんですが、その背景にある仕組みにも目を向けるようになったのは、長く通ってきたからこそだと思います。
「当たり前」を守るという価値
確定申告が終わり、ほっと一息ついたタイミングで体調を崩したことがありました。
そのときに強く感じたのが、「健康でいられることは当たり前ではない」という事実です。
忙しさの中ではつい後回しにしがちな体調管理ですが、一度崩れると仕事も生活も一気にバランスを失います。だからこそ、こうした定期健診の時間は、自分の状態を確認するだけでなく、「今の生活を維持できていること」への感謝を思い出させてくれる機会でもあります。
診察が短いこと、変化がないこと、それ自体が価値。派手さはなくても、静かに続いていく日常こそが、何よりも大切なのだと改めて感じた一日でした。
【編集後記】
今年はゆっくり桜🌸の花を見る時間がありませんでした。