宗教法人の税務調査は難しい
目次
― お布施、過去帳、そして「隠し給与」の問題 ―
先日、高野山の宿坊を営む宗教法人に対する大阪国税局の税務調査で、複数の法人について多額の申告漏れが把握されたという報道がありました。なかでも、宿坊収入などが住職やその家族の私的な支出に充てられ、「隠し給与」と認定された事例が紹介されていました。
この報道を見て、税務署OBであり、現在は税理士として宗教法人の税務を考えると、改めてその調査の難しさを感じます。宗教法人の税務調査は、一般企業の売上調査とは異なる難しさを抱えているからです。
1.宗教法人の収入把握は簡単ではない
宗教法人の税務でまず問題となるのは、収入が宗教活動に伴うものなのか、それとも法人税の課税対象となる収益事業に該当するものなのかという区分です。
例えば、葬儀や法要に伴うお布施、祈祷料、供養料などは、宗教活動に伴う収入として取り扱われることがあります。一方で、宿坊、物品販売、駐車場、飲食などの事業については、その実態によって収益事業に該当するかどうかを判断する必要があります。
しかし、実際の現場では、宗教活動と収益事業の区分が明確になっていないケースもあります。同じ建物、同じ職員、同じ口座、同じ現金管理の中で、複数の活動が行われていることもあるでしょう。
さらに、お布施などの現金取引は、一般企業の商取引と比べて、売上金額を客観的に確認するための資料が少ないという特徴があります。
一般企業であれば、請求書、領収書、レジ記録、予約台帳、売上伝票、振込記録などを相互に確認できます。しかし、お布施の場合、金額や受領者、収入の帰属先を直接裏付ける証憑類が十分に残っていないことがあります。
そのため、帳簿に記載された金額だけを確認しても、実際の収入状況を把握できるとは限りません。税務調査では、宗教活動の実態、檀家や利用者の状況、葬儀・法要の件数、僧侶の活動記録、通帳や現金の管理状況など、周辺資料を積み上げながら実態を確認することになります。
2.過去帳は重要な手がかりだが、収入の証憑ではない
宗教法人の調査において、過去帳が確認資料の一つとなる可能性はあります。
過去帳には、亡くなった方の情報や供養に関する記録が残されているため、どのような宗教活動が行われていたのかを把握する手がかりになる場合があります。葬儀や法要の実施状況を確認するうえで、一定の意味を持つ資料といえるでしょう。
ただし、仮に過去帳を見せてもらえたとしても、それだけで収入金額が分かるわけではありません。
過去帳から、ある時期に葬儀や法要が行われたことが確認できたとしても、
- 実際にいくらのお布施を受け取ったのか
- 誰が現金を受領したのか
- その収入は宗教法人に帰属するのか
- 住職個人に帰属するのか
- 帳簿に計上されているのか
- 受け取った現金がどのように管理されたのか
といった点までは、過去帳だけでは分かりません。
そもそも、過去帳には故人や遺族に関する個人情報が含まれている可能性があります。また、宗教上の意味を持つ重要な記録でもあります。税務調査で提示を求める場合には、調査上なぜ必要なのか、どの範囲を確認するのか、他の資料で代替できないのかといった点について、慎重な説明と調整が必要になるでしょう。
もっとも、過去帳を提示してもらえないからといって、それだけで申告漏れが認定できるわけではありません。檀家名簿、法要の予定表、葬儀社とのやり取り、僧侶の手帳、通帳、現金出納帳、予約記録など、他の資料を組み合わせて実態を確認していくことになります。
つまり、過去帳は収入金額を直接証明する資料ではなく、あくまで宗教活動の実施状況を確認するための一つの手がかりなのです。
3.問題の核心は「そのお金が最終的に誰のために使われたのか」
宗教法人の税務調査では、収入が適正に計上されているかという問題に加えて、法人のお金が誰のために使われているのかという点も重要になります。
宗教活動に伴う収入であっても、そのお金が法人の会計に適切に反映されず、住職やその家族の生活費、住宅費、車両費、教育費、旅行費用などの私的な支出に充てられていれば、法人と個人との関係が問題となります。
特に、法人の預金から家族の生活費が支払われていたり、法人名義の資産を家族が私的に利用していたりする場合には、単なる経理処理の誤りでは済まされない可能性があります。実態に応じて、給与や経済的利益の供与などとして、税務上の認定が問題となることもあります。
この点は、一般企業における役員給与や私的流用の問題と共通する部分があります。しかし、宗教法人の場合、そもそもの収入が現金で受け取られ、請求書や領収書などの証憑類が限定的である場合があるため、資金の流れを追うことがより難しくなります。
調査においては、帳簿上の数字だけでなく、
- 実際にどのような宗教活動が行われていたのか
- 誰が収入を受け取り、誰が管理していたのか
- 受け取った現金が法人の口座に入金されているのか
- 法人の資金が私的な支出に使われていないか
- 住職や家族の生活状況と法人支出に不自然な点がないか
といった事項を、総合的に確認する必要があります。
宗教法人だから税務調査が甘くなるわけではありません。一方で、宗教活動の内容や宗教上の記録には、一般企業とは異なる配慮も求められます。
だからこそ、宗教法人の税務調査には、課税の公平を確保する視点と、宗教活動や個人情報に配慮する姿勢の両方が必要です。宗教法人側にも、現金収入の管理、法人と個人の資金区分、帳簿の整備、内部牽制を徹底することが求められます。